「歴史の流れ」民族の力と型

前書き

  • B!ブックマーク
  • ツイート
  • LINEで送る

はじめに

民族や国家の発展衰退を左右するものは、政治や経済(産業)や人間であろう。
これらが相互に複雑に作用しながら、民族・国家は展開する。だがどれが一番大きな要因だろうか。 それは多分人間ではなかろうか、と考えるのが本書の結論である。
もっと正確には、政治や経済や人間をさらに左右する根本的な要因は、自然であると考える。 民族や国家の発展衰退を左右するのは、経済(産業要因)であるとか、軍事など政治(政治要因)であるとか言はれてきた。
しかし日本は第2次大戦に敗戦し政治経済的に最悪の状態から40年で世界のトップクラスに成長した。 これは人間的なもの(人間要因)が原因としか考えられない。ユダヤ人は世界を流浪し固定した政治経済体制に帰属していなくとも成功している。 これも人間的なもの(人間要因)としか考えられない。結局、民族・国家を動かしているものは、人間が物事に対処する能力(状況対応力)が一番ではなかろうか。 人間が、真面目に働き(生産役務)、政治をし、熱心に出産育児・教育学習し(人間養成)、労働能力や政治能力(状況対応力)を磨かないと、その国や民族は発展しない。 生物は環境へ適応できる種が生き残る。人間も同様ではないだろうか。

人間が物事に対処する能力(状況対応力)を、阻害する宗教や国家体制があると、その民族や国家は衰退する。 また民族や国家が発展し過ぎて裕福になると、人間が贅沢になって享楽的(娯楽)になる。 人間が物事に対処しなくなり(状況対応)、能力(状況対応力)を磨くこともなくなり衰退していく。
いわゆる先進国病が発生する。
ことに宗教はその狂信性と硬直性から、人間の柔軟性を弱めて(状況対応制御)人間の能力(状況対応力)を低下させる。 民族や国家の衰退をもたらすことが多い。
宗教からみると、日本人は宗教心が希薄である。
そのため宗教による能力(状況対応力)の阻害が少なく民族の発展をもたらしている。
宗教の中でも例外的に人間の物事へ対処する能力(状況対応力)を阻害しないのが、ユダヤ教やキリスト教であろう。
ユダヤ教は、ユダヤ人は優秀だから努力(状況対応)をすれば必ず成功しますよとする。
物事に対処すること(状況対応)を鼓舞し創意工夫して能力(状況対応力)を磨くことを奨励するからであろう。
キリスト教は俗世間の人間の行動に余り干渉(状況対応制御)しなかったからであろう。
仏教も俗世間から逃避するので物事を対処しないからであるし精神世界にこもるのでキリスト教に似ている(状況対応制御×)。
こう考えてみると、ユダヤ人や日本人やキリスト教の民族や国が発展し、イスラム教やヒンドゥー教の民族や家が停滞していることが理解できるのではないだろうか。

国家体制の面から見ると、古代国家や共産国家は、人間を管理束縛(状況対応制御)する(独裁国家・強者支配国家)。
そのため人間が物事を対処する能力(状況対応力)を磨くことができない。
特に人間がした(状況対応)だけのことに対する見返り(成果)が保障されない。
そのため人間が物事を対処(状況対応)しなくなる。
それらの国家体制下では民族や国家の発展は余り望めない。
つぎに人間の物事の対処(状況対応)と能力(状況対応力)など人間的なもの(人間要因)が民族や国家を左右するとしても、なぜ日本人のように宗教心の希薄な民族がいたり、宗教心に厚い民族がいたりするのであろうか。
日本人は、島国(閉鎖地形)に暮らすため戦争が少なく平和である。
人間同士の争いが少なく(立争い状況対応×)、人間同士が協力して集団を構成し物事に対処(状況対応)している(集団状況対応型=集団で物事を対処しする)。
その他の大半の民族は、大陸(開放地形)に暮らし、他民族との戦争が多い。
人間同士の対立争いが激しく(対立争い)、人間同士が協力して物事に対処(状況対応)できない。宗教にすがって物事に対処(状況対応)するしかなくなった。
(宗教状況対応型=神の指示で物事を対処し対立争う)このように考えるのが本書の結論である。
ここで重要なのは、日本人は宗教に拘束されないため割合柔軟で白紙から物事を考えることができる(状況対応制御×)。
これに対して他の民族は宗教からでてくる原理や正義に拘束され硬直的になりやすいことである(状況対応制御)。
また島国とか大陸とかいう地形(自然要因)が、人間の行動パターン(状況対応型)を大きく左右する。そして間接的に民族・国家(大規模集団)に重大な影響を与えている。 日本人は宗教心が薄いため、宗教にいろんな種類があることも不思議である。本書では次のようにその特色を考えてみた。ユダヤ教は、ユダヤ人が出エジプトやバビロンの捕囚の民族的苦難を克服する中で発生した。
そこで我々ユダヤ人は優秀であるとし、努力(状況対応)すれば必ず繁栄すると考えた。
人間の能力(状況対応力)を磨くことを奨励する。
キリスト教は、ローマ帝国が拡大していくなか被征服民族や被支配層から発生した。
人間の能力(状況対応力)の無力を感じ物事に対処(状況対応)しなくなった。精神世界での精神的純粋性だけを求めた。本来消極的なものである。
しかし現実社会から逃避し現実社会を拘束しない点が(状況対応制御×)、人間の物事の対処(状況対応)や能力(状況対応力)を阻害せずにすんだ。
イスラム教は、マホメットが貧富の差が激しい社会を見て、平等社会を建設しようとして発生した。
その平等感は人間の素朴な正義感に訴え多くの信者を獲得した。
しかし富めるものは貧しきものに寄付しなさいと財産的平等を勧めたり、弱者保護を勧めたり、食事や服装まで細々としたことまで規制した(状況対応制御)。
そのためイスラム教の民族は停滞することになってしまった。
ヒンドゥー教は、アーリア民族がインドに進入して先住民族を征服し、カースト制度という階級が固定化されたなかで発生した。
自分がある階級に属しているのは前世の行いによる。
努力(状況対応)してもこれを変更し生活を向上させることができないとする(状況対応制御)。人間が物事を対処(状況対応)しなくなり、インドの停滞をもたらした。
特異なのは中国である。多民族が入り混じり、対立争いが激しく、集団を構成できない(集団状況対応型×)、宗教も成立せず(宗教状況対応型×)、個人で物事を対処するしかなくなった(個人対立争い型)。
対立争いが激しく(対立争い無制御)、個人が最優先で個人が無制御だから混乱する。 混乱(無制御)で能力(状況対応力)が発揮できない。

以上が、この本書の根底を貫く基本的な考えである。
著者の力不足から本文は難解な文章となったが、ご容赦願いたい。
ご理解いただけたかと思いますが、この本書の特色は人間要因(第3章)にあります。
興味のあるかたは、最初にここから読んでいただいて下さい。

手法

文献に現れた確実な事実を押さえて検討し原理原則的なものがあるはずと組み立てたものである。 現地調査等は一切していない。 理科系視点からのものである。文化系のように自己の論説や理想を語るものではない。文化系のように歴史を物語にしたがるものではない。

用語統一

本書の民族・国家の基本構成(枠組み)は、用語を共通にしないと理解できないため用語を状況対応取り込み・傷つける・存続させない・強者支配・大規模集団に統一した。
  1. 状況対応
    行動様式→状況対応型、規範→状況対応基準、支援→状況対応分担、保護→存続はかる
  2. 生産役務
    産業→生産役務労働→生産役務
  3. 取り込み・傷つける・存続させない
    侵略・帝国主義→国家・国土取り込み、殺害→存続させない
  4. 強者支配
    独裁→強者支配、民主化→強者支配終了
  5. 大規模集団
    国家→大規模集団、民族→大規模集団

令和2年4月
加藤寛

トップに戻る
  • B!ブックマーク
  • ツイート
  • LINEで送る

前へ

48節 状況対応型同士…相手の状況対応に驚く(2)

次へ

目次:後半(6章-11章)

Page Top