「歴史の流れ」民族の力と型

後書

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おわりに

素人の私がこのようなホームページを出すことになったきっかけは、大学時代、マックス・ウェーバーの本を読んだことに端を発する。
政治学と社会学の教授が必読の書というので、仕方なく読むこととなったが、いたく感銘を受けた。

エトス・行動様式(状況対応型)という言葉が印象的であった。当時は大学紛争のさなかマルクス主義を信じないものはインテリでないという風潮があったが、マックス・ウェーバーの本を読んだことで、マルクス主義は人間的なものを無視していると直観的な抵抗感を抱いた。
その後、弁護士として仕事をはじめてから、欧米法を真似た日本の法律と、日本人の規範意識(状況対応基準)に大きな隔たりを感じた。

紛争を扱う仕事であるが、紛争における日本人の対応は、外国人とは違っていることを実体験した。それからは日本人と外国人の相違がどこにあるのか、興味がてらに本を読みあさった。
とくに参考になったのが、外国滞在日本人の外国人観察、日本滞在外国人の日本人観察、中国滞在者の中国人観察(とくに明・清時代)の書物であった。

最初に、集団(共同体)依存型と宗教依存型という対立概念を思いついた。この概念は、多くの学者から言われていたことであって特別目新しいことではないであろう。
つぎに思いついたのが嫌争型と好争型(対立争い状況対応型)の対立概念である。この概念は、紛争を扱う私の仕事の体験からの要素も大きい。
当初は、集団依存嫌争型と宗教依存好争型で、歴史を説明しようとしたがしきれなくなってしまった。
ほかの補助概念があるはずだと考え付いたのが、状況対応力の概念であった。これで民族や国家の進歩衰退が説明できることになった。
補助概念ではなく、状況対応型とならぶ主要概念であると確信した。

最後までわからなかったのが、中国人の状況対応型であった。はじめは集団依存嫌争型と宗教依存好争型の中間と把握したが、説明しきれない部分が大半であった。
そんななか中国人が外国との商取引で契約を軽視するという事実から、中国人には規範意識(状況対応基準)が薄いのではと、個人対立争い型(個人最優先・無制御)という概念が閃いた。

また個人対立争い型が強者支配(独裁)につながると考えた。さらに観念上の理想の強者支配者が神と考えるにいたった。

これが現在の到達点であるが、まだ把握できていない補助概念がたくさんあると思う。これからも研究していくつもりである。

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